2011年08月09日

私の平和宣言

私の平和宣言

「安全でクリーンなエネルギー」と信じた原発の建設から50年の時が過ぎました。
うわべの豊かな暮らしに、その存在の危険から目を背けていました。
3・11で剥き出しになった原発事故は徹底的な自然荒廃、環境汚染、そして生活を破壊しました。
放射性物質やその情報の氾濫で狼狽しています。
また危険な廃棄物の管理が決まらず、私たちの世代、あとの世代までも危険に巻き込まれています。

ヒロシマ、ナガサキ、フクシマの経験を背負う社会と私たちは責任の重さに目覚めております。
そして原発に依存しない暮らしを選びます。
核には核で対抗する発送を拒否していきます。
希望をもってできる限り、すべての人と平和に過ごしていけるように努めていきます。

高橋愛子 広島県


posted by no nukes at 20:36| 私の平和宣言

2011年08月08日

私の平和宣言

日々、この「私の平和宣言」に新しい命を与え、
日々、生きている限り、全身全霊で生きていきたい。
人はつながることができる。
つながりの中で、生きていくことができる。
.

One for all, All for one.

軍事利用も、「平和」利用の核も要らない。

広島と長崎で被爆した山口 彊さんが人間に託されたメッセージを

受け継ぎたい。

.

福島の浜通りで、海風の中で友とみたもの。
人と話す中で、聴こえたこと。
私には、まだ一部しか見えていなかった。
そして何より、まだ自分の声で話そうとしていなかった。
.
地球上で、羽根のように軽く扱われる夥しい命。
少数のひとのために、多数のひとたちを犠牲にし、
踏み台にして自分の欲望を優先する。
知らなかったんだ、
それが世のためだ、
と言い訳し、正当化する。

都合の悪いことは、なかったことにする。
過去と向き合うことなく、忘却する。
未来を誤魔化す。
なぜ、そんなことができるのか?
それはまた、自分の姿でもあった。
.
誰かを犠牲にして、便利さ、快適さ、自己満足、我欲を追い求めるときは、もう終わりだ。
足もとを掘り下げ、叡智を生かしていく。
言語や背景や国や町は違っても、生きとし生けるものが愛し合い、大切にしあって
生きていける未来を創りたい。

 
折しも、原爆を搭載した爆撃機飛来の極秘情報を
事前に大日本帝国陸軍は察知していた、と
広島・長崎原爆投下の66年目の昨夜、番組が伝えていた。
.
平和とは何か?
語感に誤魔化されることなく、
目を曇らせることなく、心の小さな声に耳を澄まし、思考を明晰に、地球のすべての命を想い、

つながって生きたい。
日々、太陽のもとで生きて行きたい。
.
 
 
服部淳子
posted by no nukes at 07:10| 私の平和宣言

2011年08月07日

私の平和宣言


ちゃんと口に出そう、と今思っています。
今まで、心の中の言葉を、ちゃんと口に出さなかった。
多分それも、保身のためだったかもしれない。
責められなければならないのは、他のだれでもない、自分自身なのだ。
今夜、尾道市の駅前芝生広場で、「ソーラーキャンドルナイト、平和の祈りの集い」を計画しました。
「私は、原発のない世界を切望している」と、ちゃんと表現したかったので。

林原玉枝

posted by no nukes at 19:15| 私の平和宣言

2011年08月06日

私の平和宣言








私の平和宣言

 

誰かの不幸の上に成り立つ繁栄はいりません。

自分たちだけの幸福や平和などあり得ません。

自分の立っている世界を知りたい。

想像力を持ち、思考を深く掘り下げ、魂の声に従って

生きていこうと思います。          みお
posted by no nukes at 21:43| 私の平和宣言

大人たちの責任


【2011 わたしの平和宣言】

私が子どもだった頃、戦争は過去の出来事で、
歴史の教科書で学ぶものでした。
世界は少しずつ平和で平等で豊かな方向へ変化していくはずだ、と
想像していました。

私の娘が生まれた頃、イラクで戦争が起こりました。
たくさんの人が反対の意思表示をしたけれど、
止めることができなくて、
娘は、戦争が自分の住む町に来ない?と不安になり、
息子は、なんで大人は戦争したがるんやろ?と不思議がりました。
イラク攻撃を真っ先に支持した首相を持つ国の有権者である私。
誕生日を迎えることのできなかったイラクの子どもたちに
申し訳ないと思いました。

私の子どもの誕生日が来るたびに、
いのち奪われた子どもの存在を思い出し、そして知りました。
私が子どもだった頃だって、
いくつもの戦争や暴力や理不尽があったこと。
知らなかったのではなく、
知ろうとしなかったのではないか?

大人が、多忙を理由に無関心を選び、
思考停止に陥っているうちに、
子どもの未来がやせ細っていく。

原発事故まで起こってしまった今。

日常的な、無数のひとびとの、
行動と意思表示がなければ、平和はつくれない。

戦争は二度と起こさない。
核兵器はいらない。
原発を卒業し、持続可能なエネルギーで生きていく。

そのために行動することが、私たち大人の責任だと思います。

<楠見子連れ9条の会 * 馬場潔子>
posted by no nukes at 18:24| 私の平和宣言

原発も核兵器もいらない。

平和宣言に賛同します。
福島原発事故後に起こった現実を見た大くの人々が
「原発は間違っていた。」ことに気が付いています。
気が付いたのに、まだ止められない、止めさせられないでは
福島をはじめ多くの被害を受けた皆様の苦しみを見なかったことになってしまう。
こんなにも多くの人に苦痛をもたらした東京電力の電気を使ってきた私
原発ももんじゅも核燃料サイクルも間違っていたのに無力だった私
今、なんとかしなければ、子供たちを守らなければ、次の世代に申し訳が無い。

まず今日、8月6日(土)16:00 日比谷公園・中幸門集合の、各電力会社を回るデモへ参加します。
みなさんと力を合わせて、脱原発・核の無い世界をめざして行動します。
東京都 西沢
posted by no nukes at 10:46| 私の平和宣言

私の平和宣言

私は原爆3世、甲状腺の病気を経験しています。
叔父は白血病で今年5月に他界しました。
原発、核の平和利用すべてがなくなる社会をのぞみます。

T.N
posted by no nukes at 07:06| 私の平和宣言

from England

Hi - yes I got your peace delcaration and I will speak about it at our Rally on Hiroshima and nagasaki Day. I have been able to down load it just in time. Well done!
Ankie Hoogvelt, Sheffiled England

posted by no nukes at 02:50| 私の平和宣言

わたしの平和宣言

新澤克憲(シンザワカツノリ) 東京都

8月になると白や赤いヘルメットを被り
旗を持った男女がどこからともなくやってきた

僕はそいつらを不機嫌な気分で眺めながら
耳鳴りのような蝉時雨の中、
平和公園の中を
通り抜け、自転車をこい だ

彼らがヒバクシャといいヒロシマと言った
そこに住む者はヒロシマとは言わない
広島は広島

祖父と祖父、叔父や父、いとこやぼくたちは、
8月6日の朝、比治山に出かけた
そこには小さな樫の木があって
汲んできた水を掛け
祖母は会ったことない叔母の名前を呼んで泣いた

8月6日は人の死んだ日
無数の父や母や子供たちや恋人や兵隊さんが死んだ
何千何万の人たちの命日なんだ
    
沢山の灯篭が立てられ
町中が線香の匂いに溢れ
スーパーカブで坊主が走りまわる
そんな一日なんだ

広島の友よ
僕らは、制御不能な火の恐ろしさを知っていたではないか
僕は今、悔しくてしかたがない

広島の友よ
思い出してくれないか
無数の父や母や子供たちを

きみたちは怒っていないのか

僕は今、東京にいて
3月のある日、僕の町にも、それが降り注いだ
誰にも知らされないまま
安全だと信じたまま、ぼくと妻と子供は卒園式に出かけ、
こどもたちは園庭を走り回った

もう、その火はいらないと僕は思う
広島の友よ
僕は怒っている
posted by no nukes at 00:09| 私の平和宣言

ヒロシマの地から「2011年 みんなの平和宣言」!





「2011年 みんなの平和宣言」に賛同します♪

 

 子どもたちを放射能から守る大阪ネットワーク:松尾暢浩(大阪府)
posted by no nukes at 00:04| 私の平和宣言

2011年08月05日

反原発!反核兵器!

前文訂正です。件名がまちがってました。68年も生きてきていま反原発 反核兵器を言わなかったら、いつ言うの 宣言に賛同します。明日は銀座にゆきます。辻村 誠 東京都 Makoto Tsujimura Tokyo
posted by no nukes at 23:31| 私の平和宣言

平和とは・・・

そもそも平和とは何でしょうか・・・
それは戦争がない状態でもなければ、身体的、精神的苦痛がない世界のことでもありません。
平和とは、上にあげたような世界を目指して市民が、真摯に取り組むことそのものであると私は考えます。
この世界に正義などありません。
なぜなら正義は主観に基づくもので、普遍的な定義がないからです。
でも私達は正しいことを見出すことは出来ます。

正しいという漢字は一つの所に止まると書きます。
そして止まる先はそれぞれの良心です。
今その良心が忘れ去られた政治がおこなわれています。
良心を忘れることは「人間の存在」を忘れることです。
科学におけるその結果が原子力発電であり、
政治におけるその結果が核兵器です。
良心を忘れない市民が居続ける限り、叫び続ける限り、希望の灯は消えません。

私達に出来るのはまず、自分達の力を信じることです!

佐々木大樹




posted by no nukes at 23:18| 私の平和宣言

どう生きるのか

3月11日以降、もう誰もが見えないふりをして、日々の忙しさに身を隠しながら生きることは出来なくなりました。
見えるものだけが全てと思い、効率と利益だけを追い続けて走る傲慢な人間世界の怖さと儚さを思い知りました。

地球への感謝と共に、みんなの祈りがひろがり、未来が愛と共にあることを宣言します。

プライス琴子 PRICE KOTONE
posted by no nukes at 22:57| 私の平和宣言

私の平和宣言

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神戸市  ロニー・アレキサンダー
ポーポキ・ピース・プロジェクト http://popoki.cruisejapan.com
posted by no nukes at 22:54| 私の平和宣言

わたしの平和宣言

わたしの平和宣言

幼いころ、岩国で育ったわたしのアルバムには平和公園で、ハトと遊んでいる写真が何枚もあります

小学1年の時のバス旅行も、平和公園、原爆資料館、宮島・・と、出かけたことを思い出します

「過ちは 繰り返しませぬから」
平和を願い、刻まれた言葉、今、心にいっそう重く感じます
大切なものを守るために、精いっぱいな自分でありたいです

はっぴーあいらんど祝島 優子☆
posted by no nukes at 22:45| 私の平和宣言

私の平和宣言

3月11日まで、私はマスコミのいいなりで本当の原発の意味を知りませんでした。

そして、それ以降、多くの書籍、シンポジウムに参加し、生の声を聞くことにより、いかに自分が間違っていたのか気付かされました。

その流れで原爆の意味も調べました。それまでは2次大戦を終わらせるために使われたという認識でいました。
しかし、調べれば調べるほどそれは間違いだと気付かされました。

私は本当の意味で核および原子力排除に協力いたします。

--
三井裕司
posted by no nukes at 22:36| 私の平和宣言

私の平和宣言


今、世界各地で色んな問題、災害が起こっています。
今生きている私たちが乗り越えていかなければいけない試練はたくさんあります。
諦めないで、1人1人ができることから行い未来へ繋げていく希望を強く持つことが大切だと思います。
私たちが自然、地球、宇宙を守る使命に気付き平和と希望の輪が広がっていきますように、コツコツですが頑張っていきたいと思います。

沖縄県在住 さんご
posted by no nukes at 22:35| 私の平和宣言

私の平和宣言


みんなの平和宣言  素晴らしい内容です。

今、原発依存からの脱却を提言できないならば、
広島の戦後の歴史を踏みにじるようなものです。

横井義一
posted by no nukes at 22:34| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に加えて


世界中からすべての核と原子力発電所など、原子力システムをなくしましょう、
みんなの平和宣言に賛同します。

…ただ、東電福島第一原発事故で、日本が初めて加害の立場にたったわけではないことも抑えておいていただきたいです。

館野公一
posted by no nukes at 22:32| 私の平和宣言

核のない世界で暮らしたい

日本は、日本人は広島・長崎の原爆から何を学んできたのか、何を学んでこなかったのか?

今回の福島の原発事故がその答えを出してくれた。私は広島への原爆投下のことを知って以来、

原子力が安全だと思ったことは一度もない。人間は所詮“ ”をコントロール出来ない。

ここで核利用を止めなければ、やがて“ ”にコントロールされ人間は破滅するであろう。

今こそ“ ”のない人間社会を作って行こう。

posted by no nukes at 21:46| 私の平和宣言

私の平和宣言


私の平和宣言

 

「国家」というものは何だろう?

「国民」を守るのが最大の仕事だ、と。

(私は「国民」ではないが・・・。)

「国民」を守るために軍隊が必要とか。自衛隊ではなく、「自衛軍」だという。

私はそうだと思わない。自衛軍があっても、安心して暮らせるわけではない。

 

地震。豪雨。台風。

これらを防ぐため、自衛軍は何の役にも立ちません。

失業。飢餓。貧困。

これらを防ぐため、自衛軍は何の役にも立ちません。

汚染。被ばく。原発事故。

これらを防ぐため、自衛軍は何の役にも立ちません。

 

いのちを守る「国家」はないのか?

生き物がみんな安心できる国。

失業も飢餓も貧困もない国。

原発のない国。

みんなにやさしい国。

 

私の平和宣言。

本当の意味での「安全」をもとめて、

みんなが安心できる国、

みんなが元気になれる国、

原発も核兵器もない国。

権威的な国家ではなく、みんなの国。

力を合わせてつくろう。

 

 

神戸市  ロニー・アレキサンダー

posted by no nukes at 21:11| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に賛同します








ごめんなさい。

広島 長崎の 被爆者の皆さん

ごめんなさい。

未来の子どもたちの一人 ひとりに

謝らなければなりません。

生きとし生けるもの

声を上げることができないものたちに対しても

謝らなければなりません。

原発震災を防げなかったことを

もうやめようと声を上げ続けてきたけれど 間に合いませんでした。

伝える力が足りませんでした。

2011年3月11日

この日を境に世界は変わってしまいました。

変わってしまったこの世界でどうやって生きていくのか 答えは見つかりません。

新しい命に対して 詫びて 詫びて 生きていくほか答えが見つかりません。

 

伊藤かつみ

Katsumi Itoh

神奈川県

 
posted by no nukes at 20:12| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に賛同します

人類の存続は、より大きな利益を得たり、より大きな支配力を持つ能力ではなく、他者、他民族、他の生き物の痛みや苦しみを私達が感じることができるかどうかにかかっています。
みんなの平和宣言に賛同します。

カリフォルニア在住 大羽比早子


posted by no nukes at 14:50| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に賛同します


夫の両親の実家がともに宮城の南三陸町
ねこそぎ壊滅となった志津川町で
みなすでに亡くなっていて被災はしていないものの
数千人の不明者、家族の故郷の消滅にボーゼンとしていました
しかし、いずれ片付けはなされて街は復興するでしょう

それにたいして、放射能の見えない霧の闇は
未来にもわたって広がり散って
日本全体をむしばみ沈ませ
世界から孤立させていくでしょう

悲しみと怒りとに立ち往生します。
福島には知人もいて、郡山で子供もうまれます
白河の友人は教会の奥さんで、奔走しながら
日々、内部被爆を心配しています。。。

食べ物、土、どこにいても安全ではなくなりました
経済や効率が非難されていますが
安全でさえあれば、豊かな未来に夢を持てて幸せでした
健康、いのちが何より大事ですが、
いっぽう、贅沢なものとされて、文化が衰退していくことにも
息苦しいきもちです

先祖代々の人間関係の濃い閉鎖的で文化のない
でも食べ物には困らない圧倒的な自然の関西の田舎で、
跡取りではないこどもはイエから顧みられず
都市に出て技術者をしてきたのでした
そのような者らを救うものがあったのです

しかし、何もかもが大きくかわりすぎました
核は、放射能は、滅びの道です
世の中の歯車がかみあわなくなり、失速、停止し
仕事もパッタリなくなりました
もともと要らない存在の自分を思い知ります
帰るところもない、どこにも逃げられず、
東京で自分を生き延びさせながら
より困難な人のためにできることを探しています

吉田稔美

posted by no nukes at 12:16| 私の平和宣言

私の平和宣言


2011年3月11日の東日本大震災で東京電力福島第1発電所で被曝事故が発生しました。
今まで「原子力の平和利用」の美名のもとその本質を忘れてきた私たち自身の責任です。
これを機会に原発を廃止し、本当に核のない日本を作らなければならないと切実に思います。

愛媛県伊予郡砥部町 濱田 眞由美
posted by no nukes at 12:06| 私の平和宣言

私も平和宣言の趣旨に賛成します。

カリフォルニアに住んでいますが、こうして日本の皆さんが原発反対で立ち上がってがんばっておれらるのを見ると、元気がもらえます。こちらもがんばらなくっちゃ!
クラークようこ
posted by no nukes at 10:27| 私の平和宣言

私の平和宣言


私たちは十分に学んだはずです。

「人間と核は共存できない」ことを。

世界に向けて発信していきましょう。

私たちにしかできないことがあるはずです。


会津素子

posted by no nukes at 01:53| 私の平和宣言

市民による平和宣言2011

長年市民による平和宣言に取り組んでいるグループからの投稿です。
8月5日の「8.6ヒロシマ平和へのつどい2011」(代表/田中利幸)で採択予定です。

市民による平和宣言2011

1938年、ドイツの化学物理学者オットー・ハーンとリーゼ・マイトナーが、人類史上初めてウランの核分裂実験に成功しました。そのわずか7年後には、原子爆弾が製造され、広島・長崎の多くの市民が無差別大量虐殺の犠牲者となりました。しかし、この「人類の狂気」としか表現できない犯罪行為は、米ソならびにその他の核保有国による核兵器開発製造競争というさらなる狂気を産み出しました。その結果、ウラン採掘、核兵器製造ならびに核実験による放射能汚染が、急速に地球的規模の問題として拡散していきました。

1953年末、突然、米国大統領アイゼンハワーが国連演説で「原子力平和利用」を表明し、米国は原子力発電技術の輸出に乗り出しました。しかし、この政策で米国政府が真に目指したものは、同年8月に水爆実験に成功したソ連を牽制すると同時に、西側同盟諸国に核燃料と核エネルギー技術を提供することで各国を米国政府と資本の支配下に深く取込むことにありました。日本もこの米国政策のターゲットにされ、安保体制の下で、兵器では「核の傘」、エネルギーでは「原発技術と核燃料の提供」、その両面にわたって米国に従属する形をとりました。このように、原発と核兵器は背中合わせになっている単一の問題です。そのため、一方では、国内、とりわけ沖縄の米軍基地が朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争など米国が行う様々な戦争の重要な拠点として活用され、他方では、がむしゃらな原発建設で政治家・官僚・財界癒着の構造腐敗を促進し、環境破壊を拡大してきました。その結果、日本政府は、核兵器による威嚇を中心戦略とする日米軍事同盟と、原発からの放射能漏れならびに放射性廃棄物の大量蓄積の両面で、これまで多くの市民の生存権を長年脅かしてきただけではなく、国家政策に対する根本的な批判を許さないという体制を維持してきました。

スリーマイル島、チェルノブイリなどでの原発事故にもかかわらず、日本政府と電力資本、原子力産業界は「安全神話」を唱え続け、これまで様々な事故を隠蔽してきました。したがって、今回の福島第1原発での破局的事故は、大地震という天災によって引き起こされた「事故」などではなく、本来、起こるべきして起こった「人災」と呼ぶべきものです。その結果、アジア太平洋侵略戦争の戦後補償すら実行しない日本政府が、今度は原発震災で、多くの自国民のみならず、近隣諸国民・世界の市民まで放射能汚染の被害者にしているのが現状です。

このような深刻な事態の中で、菅政権ならびに与野党のほとんどの政治家たちは、被災者が直面している様々な苦難・苦闘に真摯に対処するのではなく、自己の権力維持強化にのみ躍起になっています。放射能被害から本当に市民を守ろうという強い信念と堅実な環境保護理念に基づいた長期的エネルギー展望を全く欠いているため、政府の対応は二転三転するという無能ぶりをさらけ出しています。米国は、こうした混乱に乗じて、核戦争を想定した放射能専門部隊や海兵隊の訓練を、「トモダチ作戦」というマヤカシの名称で行いました。これが、私たちの税金から毎年2千億円近くも「思いやり予算」として受け取っている米軍の実態です。

広島・長崎の被爆者は、生涯にわたって爆風、火傷、放射能による様々な病気に苦しんできました。被爆者は、いつ癌やその他の致命的な病に冒されるか分からないという恐怖に怯える生活を今も余儀なくされています。このように、長年にわたり無数の市民を無差別に殺傷する核兵器の使用は、重大な「人道に対する罪」です。今回の福島原発事故も、内部被曝の結果、これから数十年にわたって予想もつかないほどの多くの市民をして、無差別に病気を誘発させることになるでしょう。このことから、原発事故も「無差別大量殺傷行為」となりうるものであり、したがって「非意図的に犯された人道に対する罪」と称すべき性質のものです。にもかかわらず、政府は、市民防護にはあまりにも不適切なICRP(国際放射線防護委員会)の基準をもって、原発による犯罪行為を隠蔽しようとしています。

兵器という形であれ電力という形であれ、「核と人類は共存できない」というヒロシマの叡智を、私たちはこの惨事を機会に深く再認識し、反核運動・反戦運動を拡大強化し、飛躍させなければなりません。広島が叫んできた「ノーモア・ヒバクシャ」の声の、これまでの弱さと狭さをとらえ返し、すべての核被害者の無念の想い、無数の嘆きを受けとめ、原子力科学技術に依存する文明からの根底的な転換を問わなければなりません。私たちの運動は、核・放射能兵器と原発の廃棄をめざすだけにとどまらず、自然エネルギーへと転換し、人間相互の関係ならびに人間と自然との関係が平和的で調和的である社会を構築することをめざすものでなければなりません。そのことを67回忌(被爆66周年)の被爆地・広島から、私たちは訴えます。                                       2011年8月6日
8.6ヒロシマ平和へのつどい2011(代表/田中利幸)参加者一同
(広島市西区天満町13-1-709 kunonaruaki@hotmail.com 郵便振替01320‐6‐7576「8・6つどい」)


The 2011 Citizens’ Peace Declaration
August 6, 2011
In 1938, with the help of Lise Mitner, the German chemist Otto Hahn discovered the nuclear fission of uranium. Just seven years later, atomic bombs were dropped on Hiroshima and Nagasaki, indiscriminately killing many civilians in these two cities. This criminal act of mass killing with a tsunami of radio-active fire can only be described as “human madness.” Yet sadly more madness was to follow, as the nuclear powers of the world, particularly the U.S. and Russia, developed and produced further nuclear weapons. As a consequence, radioactive contamination rapidly became a serious global problem, due to uranium mining, production of nuclear weapons, and the nuclear tests conducted in various parts of the world.

In December 1953, at the U.N. General Assembly, the U.S. President, Dwight D. Eisenhower, unexpectedly launched the policy “Atoms for Peace,” a concept to promote “the peaceful use” of nuclear energy. The primary reason for launching this policy was an attempt by the U.S. Government to curtail the power of the Soviet Union, which had carried out its first hydrogen bomb test in August that year. “Atoms for Peace” was devised to persuade Western nations to accept plans by the U.S. government and American investments to produce nuclear fuel and technology. Japan was among the most important of the targeted nations. Indeed, it soon became subjugated to the U.S. in two crucial ways: it came under the U.S. nuclear umbrella as part of the military strategy that evolved; and nuclear fuel and technology became part of its energy policy. This has had profound ramifications. On the one hand, U.S. military bases located in Japan, particularly that in Okinawa, were extensively used for many wars that the U.S. engaged in, such as those in Korea, Vietnam, the Gulf and elsewhere. On the other hand, the building of nuclear power plants induced the structural corruption among collaborating politicians, bureaucrats and entrepreneurs, and caused severe environmental problems. As a consequence, the U.S. – Japan Security Treaty, based on the nuclear deterrence strategy, as well as the leak of radiation from nuclear power plants and accumulated nuclear waste have long been threatening the livelihoods and well-being of the Japanese people. Despite this, the Japanese government firmly established, and continues to maintain, a political system which permits little criticism of these two issues.

The Japanese government, together with the electric power companies and the nuclear industry, has for many years promoted the myth that nuclear power is clean and safe, covering up various accidents at nuclear power plants and related facilities. The danger manifested by major accidents such as those at Chernobyl and Three Mile Island have also been consistently ignored. The fatal accident at the Fukushima No.1 Nuclear Power Plant was not in fact an “accident” caused by a natural calamity, but rather a pending time bomb of “self destruction” which was destined to go off. Through its policies the Japanese government is now punishing its own people, as well as those in neighboring nations, with dangerous doses of radiation.

Despite the national crisis, however, not only Japanese cabinet members, but most Diet members, too, are now busy with their own power politics and are therefore totally incapable of dealing with the grave situation that confronts the victims of the earthquake and nuclear accident. As these politicians have neither the strong political commitment to protect civilians, nor any long-term vision on energy and environmental issues, the government countermeasures for this disaster have been less than effective, and there is political chaos. This state of confusion has provided an ideal environment for U.S. military forces to carry out training of their own special troops, specializing in radiation problems, as well as Marines, under the misleading name “Operation Tomodachi.” Every year Japanese taxpayers pay almost US$ 2.5 billion to maintain such U.S. troops in Japan.

Many A-bomb survivors from 1945 have died – often after a lifetime of suffering - or are still suffering from various diseases caused by the blast, fire or radiation. They live with the constant fear that they may suddenly be struck down by a fatal disease like cancer or leukemia. The use of nuclear weapons, which indiscriminately kill large numbers of people for decades afterwards, is clearly “a crime against humanity.” Yet the scale of damage to people and the environment that could be caused by a major accident at a nuclear power plant, where radiation is emitted either from the nuclear vessel or spent fuel rods, may be comparable. In this sense, a nuclear power accident could be seen as an “act of indiscriminate mass destruction” and so “an unintentionally committed crime against humanity.” The Japanese government is trying to cover up this event, adopting an inappropriate protection standard set by the ICRP (International Commission on Radiological Protection).

The wisdom of Hiroshima – that human beings and nuclear power, whether in the form of weapons or energy, cannot co-exist – must be reaffirmed and should be utilized to strengthen and expand our anti-nuclear and anti-war movements. We need to reflect on our hitherto narrow application of the expression “No More Hibakusha (victims of radiation)”, so that it covers not only A-Bomb survivors, but all victims of radiation, including those of nuclear power plant accidents. We need to consider the pain of all the victims of radiation and to think about drastically changing our society that so heavily relies on nuclear technology. Not only do we need to abolish nuclear weapons and nuclear power plants, but we must also devise ways to initiate a hitherto impossible, totally new, peaceful and environmentally harmonious society.
(Coordinator and Author: Yuki Tanaka Email:tanaka-t@peace.hiroshima-cu.ac.jp)
posted by no nukes at 01:45| 私の平和宣言

2011年08月03日

平和宣言




7/30〜31にかけて開催された第57回日本母親大会イン広島に参加した方から、「8/6に「私の平和宣言」にアクションを!!と会場で訴えられた。
共感したので、あなたも意思表示を」とのお知らせがありました。
 私も、参加したいと思います。

 
「核兵器廃絶」と「原発をなくす」ことは、未来をつくる子どもたちに対する、私たちの大人の責任です。広島市、及び長崎市の平和宣言に「脱原発」の言葉が入らず、残念です。
  東京在住 関根 保


posted by no nukes at 18:56| 私の平和宣言

原発ストップ


人類がまだコントロール仕切れない原子力。不遜な気持ちで付き合うことを戒めましょう

被爆者、被曝者、そして私たちの連帯と協働を望みます。
                       

川村 秋子
posted by no nukes at 08:26| 私の平和宣言

2011年08月02日

私の平和宣言

2011年みんなの平和宣言に賛同いたします。
原発は自分たちの世代のみならず子孫の時代にまで及ぶ多くの命と引き換えにしか継続することができないことが明らかな今、即時全面廃止すべきと信 じています。
核の平和利用などありえません。核廃棄物によって地球を汚染し、環境破壊を続けることは、結局、この世界を居住不可能な死の惑星にしてしまうことにつながるでしょう。
キリスト教では、この世界は神に造られ、人間はこの地を耕し手入れをして日々の糧を得、他の動物たちへの配慮をしながら生きてゆくように委託されていると考えます(創世記)。
核の問題は、人間と地球全体の生命の問題であると同時に、神の前での人間のあり方の問題でもあると信じます。
 
 地震国の日本で、しかも、近い未来に大きな地震が予想されている今、これ以上原発の事故が起こる前に、一刻も早い原発の全面撤廃を望み、祈ります。

神奈川県 本多峰子 
posted by no nukes at 23:56| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に参加します

7/30〜31にかけて開催された第57回日本母親大会イン広島に参加してきました。8/6に「私の平和宣言」にアクションを!!と会場で訴えられて、私も共感。
核廃絶!!と原発なくせ!!の行動は、育ち行く子どもたちに、私たちの大人の責任です。広島の平和宣言、長崎の平和宣言には「脱原発」の言葉は入れられなく残念です。
東京在住 村岸三代子

posted by no nukes at 21:25| 私の平和宣言

私の平和宣言

みんなの平和宣言に加えて

核兵器の廃絶、原発の廃絶のみならず、一切の戦争の廃絶を宣言し求めます。

戦争は最大の殺人行為、最大の人権侵害、天(神仏、自然)の意志、掟に背く行為です。

安濃津・荒木健次
posted by no nukes at 17:46| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に共感します








今年は東北大震災があり、いろんな分野で本当の価値観が問われていると思います。

 

新しい社会にシフトしていくため、子供たちの未来を守るために広島から発信できることを!!

 

               広島市在住 沖横田 秀雄

 

 
posted by no nukes at 06:47| 私の平和宣言

私の平和宣言です。

利元克巳です。

私の平和宣言です。


誰でも平和に生きたい、それは全人類の願いです。
でも、生きているそれぞれの国、それぞれの地域、
それぞれの職場、それぞれの営みを乗り越えるのが
人類の英知です。
それぞれの境界を乗り越え、人々が心を通じ合えば
争いは水が交わるようにお互いを尊重し会える。
国家のおこす戦争も、宗教の対立も、お互いが人間として
尊重し合えば決して対立は起こらない。
原発に依存しようとするのは誰ですか。
核兵器に依存しようとするのは誰ですか。
21世紀。力で、武力で支配する社会は時代遅れです。
エゴイズムを捨てて、地球上のすべての人々が平等に
公正に生きるルールを作りましょう。
posted by no nukes at 00:00| 私の平和宣言

2011年08月01日

私の平和宣言

安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから
あれからもうどれくらいたったのだろうか。
人間は相も変わらずいらんことばっかりして、過ちを繰り返している。
太古の昔から。
でもせめて核の平和利用だけは手を引こうよ。
@chimimiwataame
posted by no nukes at 19:02| 私の平和宣言

私の平和宣言

経済優先の社会から「いのち」を最優先にする社会を作ります。
それが子孫へ残すべき一番大切なものだと思います。

泉田守司
posted by no nukes at 11:26| 私の平和宣言

2011年07月31日

私の平和宣言

広島・長崎を踏まえてお恥ずかしながら、私は3.11を経験し初めてエネルギーの大切さと共に「核(原子力)」という物の恐ろしさを実感し思い知らされ苦しんでます。
「原発ぬき電気で映画をつくりたい」と言った宮崎駿氏に肖り「原発ぬき電気でベースギターを弾きたい」です。
冗談でなく、放射性物質の拡散により日本のほぼ全土を覆い我々や我々の宝である子供達が危険に曝されている事実を黙ってはいられません。
こうなるずっと前に気づいていれば…又、日本は広島・長崎を踏まえてもこうなる前に世界へ発信するべきだった。
私はここに切なる思いを込めて平和宣言いたします。

KC
posted by no nukes at 17:33| 私の平和宣言

2011年07月29日

投稿

私はスリーマイル島、そしてチェルノブイリの起こった後から、絶対に原発反対でしたが、何も為すことのできないままこの福島の被ばく、放射能漏れ が起きてしまいました。

このこと自体が日本国家の恥であり、その後の対応はそれ以上の情けない行動としか思えません。
世界中で、ドイツを筆頭に原子力廃止が動く流れの中、余りに優柔不断な責任逃れしか考えていない日本の政治家の情けなさが露出しました。
しかし、 そのことを国民か知っていると言うことを気づかぬふりをして動く政治家や企業家たち。
考えられない失礼な行動ばかりです。

国家は私たちを人として扱っていません。

アメリカや東電など、大きなものに追従し続け、国民をサポートしていない政治を何とか辞めさせないといけません。

今こそ、国民が力を持つべき時だと思います。

ドイツも、国民が力を持ったからこそ、国が国民を大切にし始めたのです。国民の声を聞き始めたのです。

何とか、そういうシステムを政治に持ち込まないと間に合わない事態になります。

その様に私は考えています。そして、私が今できることは、ツィッターやブログで声を発し、人々に訴えて行くことだけです。

良い方法があれば、皆動くと思います。そして今の世の中にはネットというツールがあり、ただの人々が力を持てるのです。そして、世界にその不満を 知って貰うのは凄く大事だと思います。

取り急ぎ、今晩はこれまでにて。。。

Love and Peace,
アマリン H. アオヤマ
posted by no nukes at 22:52| 私の平和宣言

2011年07月28日

私の平和宣言

広島原爆も、長崎原爆も、フクシマ原発も、玄海原発も、同じ核物質が材料です。
この「核」を使うことに母親は命をかけて反対してきました。
「平和利用」の騙し文句にも、密かな核武装の目論みに対しても、決して目をそらすことはありません。
佐藤敦子(長崎原爆特別被爆者)
posted by no nukes at 20:02| 私の平和宣言

提案:原子力発電を考える市民対話集会

平和宣言ではありませんが、今思うこと。

広島に住んでいるものとして感じるのは、市政に対する市民の意見の反映あり方についてです。
4年の1度の首長や議会の選挙(4年よりも短くなることもあり得るが)、制度としてある住民投票、議会請願、タウンミーティング、メールなど、従来からの方法も有効です。
しかし今まで、オリンピック開催問題、旧市民球場存続問題、西飛行場問題、子どもの権利条例制定問題の扱いは、賛成・反対のそれぞれの意見に聞くべきところは多くありましたが、それぞれが意見を出し合って、それを集約する方法は必ずしも十分に保障されていたとは思えません。
松井新市長は、就任後、現役市長として初めて「脱原発」との表明をされましたが、その具体的な内容はその後の広島市議会での議論でも具体的ではありませんでした。
原発には、賛成(積極的。消極的)、反対(脱原発、反原発、自然エネルギーへの転換)、よく分からない(問題が難しい、雇用はどうなる、放射能は怖いが電気はほしい等々)など様々な意見があります。
これらの意見を出し合い、討論する場を保障してほしい。この場は、市が主催でも、市民団体が主催でもかまわないと思います。
「原子力発電を考える市民討論会」「原子力発電を考える市民対話集会」のようなものが、実現できないでしょうか?(実現には様々は困難が予想されますが。) 

K
 
                                
posted by no nukes at 19:59| 私の平和宣言

2011年07月26日

私の平和宣言

1945年、8月6日、広島では原子爆弾によリ、多くの人々が亡くなり、
ヒバクシャとして言葉では表せない苦しみを味わってきました。
それから66年、私たちは今度は福島の原発事故を迎えてしまいました。

二度も原爆の惨禍に見舞われたこの国で、なぜこんな事が起こってしまったのでしょう。
私たちは、今立ち止り、その原因を知り、自分のこととして見つめ直し、次の道を見つけなければなりません。

私たちは知らなければなりません。
今から50数年前、今、まさに私たちが立っているこの平和公園の中で、原子力の明るい未来を高らかに謳う博覧会が開かれたことを。
たとえそのキャンペーンに多くの人々が惑わされてしまったとしても、その間違いに気づくチャンスは何度も訪れていたことを。
スリーマイル、チェルノブイリ、東海村、、、。
心の奥に問いただせば、本当は気づいていた、しかし、目をそらしていた人も多いのではないでしょうか。

私たちは知らなければなりません。
核の被害は核爆弾によるものだけではないことを。
ウラン採鉱の現場、核の工場、核実験、核廃棄物、劣化ウラン弾、原発作業、そして原発事故。
「過ちは繰り返しませぬから」は虚しく、こんなに多くのヒバクシャを生み出してしまったことを。
私たちは死力を尽くしても、目に見えず、聞こえず、音もないこの敵に勝つことはできないのです。

今、私たちは目を見開き、決断しなければなりません。
亡くなっていった多くのヒバクシャに何を祈り、子どもたちや孫たちに何を残すべきなのかを。

私たちは今日、ここに宣言します。
軍事力であれ、平和利用であれ、すべての核を放棄します。
そして、核がなくても豊かな生活ができる社会を作り出すことを。

これは未来に託す希望ではありません。今を生きる私たちの義務です。

                                               sneshika
posted by no nukes at 00:46| 私の平和宣言

2011年07月25日

私の平和宣言

私の平和宣言

広島には「過ちは 繰り返しませぬから」と言う碑があります。
それはヒバクを共なう過ちでした。
地獄を作ったふたつの爆弾は私たち人類の「過ち」の象徴でした。
そして多くの人々が核兵器廃絶に声を上げ続けています。

日本は「核の平和利用」という核利用を受け入れ、原子力発電所に
よるエネルギーを利用する道を選びました。

その発電所は安全神話で塗り固められ人の営みの少ない貴重な自然
が残されている場所に設置され、今では日本各地に54基。

いつか事故が起こると考える人は多くはありませんでした。

しかし2011年3月11日事故は起こりました。
絶対安全だとされていた日本の原発は爆発。
「過ちを繰り返してしまった」のです。
それは核兵器ではなかったが同じ核によりヒバクを共なう過ちでした。

今も世界に放射能をまき散らし沢山のヒバク生んでいます。

禁断のエネルギーによって多くの人たちがふるさとを後にしました。

これは今までの効率と利益を元にした価値観の結果です。
何万年と続く核によるリスク。
広島から核兵器廃絶と同じく原子力発電廃絶の声をあげましょう。

私はこれから地球にリスクの少ない、ほんとうの豊かさを求めます。
ふりそそぐ太陽の恵みを得ながら自然と共生できる暮らしを模索し
て行きます。
自分に連なる多くの命の幸せのために、、、。

石岡敬三
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posted by no nukes at 22:54| 私の平和宣言