2011年08月05日

みんなの平和宣言に賛同します


夫の両親の実家がともに宮城の南三陸町
ねこそぎ壊滅となった志津川町で
みなすでに亡くなっていて被災はしていないものの
数千人の不明者、家族の故郷の消滅にボーゼンとしていました
しかし、いずれ片付けはなされて街は復興するでしょう

それにたいして、放射能の見えない霧の闇は
未来にもわたって広がり散って
日本全体をむしばみ沈ませ
世界から孤立させていくでしょう

悲しみと怒りとに立ち往生します。
福島には知人もいて、郡山で子供もうまれます
白河の友人は教会の奥さんで、奔走しながら
日々、内部被爆を心配しています。。。

食べ物、土、どこにいても安全ではなくなりました
経済や効率が非難されていますが
安全でさえあれば、豊かな未来に夢を持てて幸せでした
健康、いのちが何より大事ですが、
いっぽう、贅沢なものとされて、文化が衰退していくことにも
息苦しいきもちです

先祖代々の人間関係の濃い閉鎖的で文化のない
でも食べ物には困らない圧倒的な自然の関西の田舎で、
跡取りではないこどもはイエから顧みられず
都市に出て技術者をしてきたのでした
そのような者らを救うものがあったのです

しかし、何もかもが大きくかわりすぎました
核は、放射能は、滅びの道です
世の中の歯車がかみあわなくなり、失速、停止し
仕事もパッタリなくなりました
もともと要らない存在の自分を思い知ります
帰るところもない、どこにも逃げられず、
東京で自分を生き延びさせながら
より困難な人のためにできることを探しています

吉田稔美

posted by no nukes at 12:16| 私の平和宣言