2011年08月05日

反原発!反核兵器!

前文訂正です。件名がまちがってました。68年も生きてきていま反原発 反核兵器を言わなかったら、いつ言うの 宣言に賛同します。明日は銀座にゆきます。辻村 誠 東京都 Makoto Tsujimura Tokyo
posted by no nukes at 23:31| 私の平和宣言

平和とは・・・

そもそも平和とは何でしょうか・・・
それは戦争がない状態でもなければ、身体的、精神的苦痛がない世界のことでもありません。
平和とは、上にあげたような世界を目指して市民が、真摯に取り組むことそのものであると私は考えます。
この世界に正義などありません。
なぜなら正義は主観に基づくもので、普遍的な定義がないからです。
でも私達は正しいことを見出すことは出来ます。

正しいという漢字は一つの所に止まると書きます。
そして止まる先はそれぞれの良心です。
今その良心が忘れ去られた政治がおこなわれています。
良心を忘れることは「人間の存在」を忘れることです。
科学におけるその結果が原子力発電であり、
政治におけるその結果が核兵器です。
良心を忘れない市民が居続ける限り、叫び続ける限り、希望の灯は消えません。

私達に出来るのはまず、自分達の力を信じることです!

佐々木大樹




posted by no nukes at 23:18| 私の平和宣言

どう生きるのか

3月11日以降、もう誰もが見えないふりをして、日々の忙しさに身を隠しながら生きることは出来なくなりました。
見えるものだけが全てと思い、効率と利益だけを追い続けて走る傲慢な人間世界の怖さと儚さを思い知りました。

地球への感謝と共に、みんなの祈りがひろがり、未来が愛と共にあることを宣言します。

プライス琴子 PRICE KOTONE
posted by no nukes at 22:57| 私の平和宣言

私の平和宣言

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神戸市  ロニー・アレキサンダー
ポーポキ・ピース・プロジェクト http://popoki.cruisejapan.com
posted by no nukes at 22:54| 私の平和宣言

わたしの平和宣言

わたしの平和宣言

幼いころ、岩国で育ったわたしのアルバムには平和公園で、ハトと遊んでいる写真が何枚もあります

小学1年の時のバス旅行も、平和公園、原爆資料館、宮島・・と、出かけたことを思い出します

「過ちは 繰り返しませぬから」
平和を願い、刻まれた言葉、今、心にいっそう重く感じます
大切なものを守るために、精いっぱいな自分でありたいです

はっぴーあいらんど祝島 優子☆
posted by no nukes at 22:45| 私の平和宣言

私の平和宣言

3月11日まで、私はマスコミのいいなりで本当の原発の意味を知りませんでした。

そして、それ以降、多くの書籍、シンポジウムに参加し、生の声を聞くことにより、いかに自分が間違っていたのか気付かされました。

その流れで原爆の意味も調べました。それまでは2次大戦を終わらせるために使われたという認識でいました。
しかし、調べれば調べるほどそれは間違いだと気付かされました。

私は本当の意味で核および原子力排除に協力いたします。

--
三井裕司
posted by no nukes at 22:36| 私の平和宣言

私の平和宣言


今、世界各地で色んな問題、災害が起こっています。
今生きている私たちが乗り越えていかなければいけない試練はたくさんあります。
諦めないで、1人1人ができることから行い未来へ繋げていく希望を強く持つことが大切だと思います。
私たちが自然、地球、宇宙を守る使命に気付き平和と希望の輪が広がっていきますように、コツコツですが頑張っていきたいと思います。

沖縄県在住 さんご
posted by no nukes at 22:35| 私の平和宣言

私の平和宣言


みんなの平和宣言  素晴らしい内容です。

今、原発依存からの脱却を提言できないならば、
広島の戦後の歴史を踏みにじるようなものです。

横井義一
posted by no nukes at 22:34| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に加えて


世界中からすべての核と原子力発電所など、原子力システムをなくしましょう、
みんなの平和宣言に賛同します。

…ただ、東電福島第一原発事故で、日本が初めて加害の立場にたったわけではないことも抑えておいていただきたいです。

館野公一
posted by no nukes at 22:32| 私の平和宣言

核のない世界で暮らしたい

日本は、日本人は広島・長崎の原爆から何を学んできたのか、何を学んでこなかったのか?

今回の福島の原発事故がその答えを出してくれた。私は広島への原爆投下のことを知って以来、

原子力が安全だと思ったことは一度もない。人間は所詮“ ”をコントロール出来ない。

ここで核利用を止めなければ、やがて“ ”にコントロールされ人間は破滅するであろう。

今こそ“ ”のない人間社会を作って行こう。

posted by no nukes at 21:46| 私の平和宣言

私の平和宣言


私の平和宣言

 

「国家」というものは何だろう?

「国民」を守るのが最大の仕事だ、と。

(私は「国民」ではないが・・・。)

「国民」を守るために軍隊が必要とか。自衛隊ではなく、「自衛軍」だという。

私はそうだと思わない。自衛軍があっても、安心して暮らせるわけではない。

 

地震。豪雨。台風。

これらを防ぐため、自衛軍は何の役にも立ちません。

失業。飢餓。貧困。

これらを防ぐため、自衛軍は何の役にも立ちません。

汚染。被ばく。原発事故。

これらを防ぐため、自衛軍は何の役にも立ちません。

 

いのちを守る「国家」はないのか?

生き物がみんな安心できる国。

失業も飢餓も貧困もない国。

原発のない国。

みんなにやさしい国。

 

私の平和宣言。

本当の意味での「安全」をもとめて、

みんなが安心できる国、

みんなが元気になれる国、

原発も核兵器もない国。

権威的な国家ではなく、みんなの国。

力を合わせてつくろう。

 

 

神戸市  ロニー・アレキサンダー

posted by no nukes at 21:11| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に賛同します








ごめんなさい。

広島 長崎の 被爆者の皆さん

ごめんなさい。

未来の子どもたちの一人 ひとりに

謝らなければなりません。

生きとし生けるもの

声を上げることができないものたちに対しても

謝らなければなりません。

原発震災を防げなかったことを

もうやめようと声を上げ続けてきたけれど 間に合いませんでした。

伝える力が足りませんでした。

2011年3月11日

この日を境に世界は変わってしまいました。

変わってしまったこの世界でどうやって生きていくのか 答えは見つかりません。

新しい命に対して 詫びて 詫びて 生きていくほか答えが見つかりません。

 

伊藤かつみ

Katsumi Itoh

神奈川県

 
posted by no nukes at 20:12| 私の平和宣言

みんなの平和宣言に賛同します

人類の存続は、より大きな利益を得たり、より大きな支配力を持つ能力ではなく、他者、他民族、他の生き物の痛みや苦しみを私達が感じることができるかどうかにかかっています。
みんなの平和宣言に賛同します。

カリフォルニア在住 大羽比早子


posted by no nukes at 14:50| 私の平和宣言

NO-NONSENSE DECLARATION OF PEACE 2011

2011年 みんなの平和宣言の英語版ができました。

NO-NONSENSE DECLARATION OF PEACE 2011

On this day in 1945, a single nuclear weapon incinerated the city of Hiroshima.
Now, sixty-six years later in Fukushima, four nuclear reactors spew deadly radiation into the air and sea. Fallout from the Fukushima 1 Power Plant poisons forests and fields. Coolant leaking from Fukushima 1 poisons the aquifer and the ocean.
These multiple, ongoing meltdowns are an attack against all living things.

“Human life and nukes are mutually exclusive.” The survivors of Hiroshima’s atomic hellfire learned this important lesson firsthand. They called for an end to the madness, but their voices were drowned out by the endless commercials for “nuclear deterrent” and “atoms for peace.” Today the world is overflowing with victims of radiation, and still their voices are not heard.

In Hiroshima’s Peace Park, the memorial cenotaph carries this inscription:
“Rest in peace, for the error shall never be repeated.”
Our solemn promise, written in the passive form, failed to state clearly who would be responsible for never repeating the error. That ambiguity provided the Japanese Government with enough wiggle room to pursue nuclear power, always for the sake of “peace and prosperity,” of course. As a result of those policies, Japan is now a nuclear perpetrator, defiling both land and sea.

The Earth has been generous with its blessings. Yet we used the powers of science and logic to devour more of those blessings than we could ever need.
In the name of “progress,” we competed in a race toward more and more destruction.

This summer in Hiroshima, we look back and reexamine the path that led to our present impasse. Citizens of the world, we gather here to renew our promises.
We promise to reject fissile material, regardless of whether it be packaged as “nuclear fuel” or “nuclear weapon.”
We promise to recognize and expose the nuclear industry’s inherent destructiveness.
We promise to say NO to science whenever it acts as a servant to violence.
We promise to say NO to civilization and laws wherever they’re skewed against the weakest among us.
We promise to say YES to a sustainable future built in harmony with the richness of life on Earth.
Today, we promise to move boldly in that direction.

PEOPLE FOR A NUKE-FREE LIVELIHOOD
August 6, 2011
posted by no nukes at 12:33| 2011年 みんなの平和宣言

みんなの平和宣言に賛同します


夫の両親の実家がともに宮城の南三陸町
ねこそぎ壊滅となった志津川町で
みなすでに亡くなっていて被災はしていないものの
数千人の不明者、家族の故郷の消滅にボーゼンとしていました
しかし、いずれ片付けはなされて街は復興するでしょう

それにたいして、放射能の見えない霧の闇は
未来にもわたって広がり散って
日本全体をむしばみ沈ませ
世界から孤立させていくでしょう

悲しみと怒りとに立ち往生します。
福島には知人もいて、郡山で子供もうまれます
白河の友人は教会の奥さんで、奔走しながら
日々、内部被爆を心配しています。。。

食べ物、土、どこにいても安全ではなくなりました
経済や効率が非難されていますが
安全でさえあれば、豊かな未来に夢を持てて幸せでした
健康、いのちが何より大事ですが、
いっぽう、贅沢なものとされて、文化が衰退していくことにも
息苦しいきもちです

先祖代々の人間関係の濃い閉鎖的で文化のない
でも食べ物には困らない圧倒的な自然の関西の田舎で、
跡取りではないこどもはイエから顧みられず
都市に出て技術者をしてきたのでした
そのような者らを救うものがあったのです

しかし、何もかもが大きくかわりすぎました
核は、放射能は、滅びの道です
世の中の歯車がかみあわなくなり、失速、停止し
仕事もパッタリなくなりました
もともと要らない存在の自分を思い知ります
帰るところもない、どこにも逃げられず、
東京で自分を生き延びさせながら
より困難な人のためにできることを探しています

吉田稔美

posted by no nukes at 12:16| 私の平和宣言

私の平和宣言


2011年3月11日の東日本大震災で東京電力福島第1発電所で被曝事故が発生しました。
今まで「原子力の平和利用」の美名のもとその本質を忘れてきた私たち自身の責任です。
これを機会に原発を廃止し、本当に核のない日本を作らなければならないと切実に思います。

愛媛県伊予郡砥部町 濱田 眞由美
posted by no nukes at 12:06| 私の平和宣言

私も平和宣言の趣旨に賛成します。

カリフォルニアに住んでいますが、こうして日本の皆さんが原発反対で立ち上がってがんばっておれらるのを見ると、元気がもらえます。こちらもがんばらなくっちゃ!
クラークようこ
posted by no nukes at 10:27| 私の平和宣言

私の平和宣言


私たちは十分に学んだはずです。

「人間と核は共存できない」ことを。

世界に向けて発信していきましょう。

私たちにしかできないことがあるはずです。


会津素子

posted by no nukes at 01:53| 私の平和宣言

市民による平和宣言2011

長年市民による平和宣言に取り組んでいるグループからの投稿です。
8月5日の「8.6ヒロシマ平和へのつどい2011」(代表/田中利幸)で採択予定です。

市民による平和宣言2011

1938年、ドイツの化学物理学者オットー・ハーンとリーゼ・マイトナーが、人類史上初めてウランの核分裂実験に成功しました。そのわずか7年後には、原子爆弾が製造され、広島・長崎の多くの市民が無差別大量虐殺の犠牲者となりました。しかし、この「人類の狂気」としか表現できない犯罪行為は、米ソならびにその他の核保有国による核兵器開発製造競争というさらなる狂気を産み出しました。その結果、ウラン採掘、核兵器製造ならびに核実験による放射能汚染が、急速に地球的規模の問題として拡散していきました。

1953年末、突然、米国大統領アイゼンハワーが国連演説で「原子力平和利用」を表明し、米国は原子力発電技術の輸出に乗り出しました。しかし、この政策で米国政府が真に目指したものは、同年8月に水爆実験に成功したソ連を牽制すると同時に、西側同盟諸国に核燃料と核エネルギー技術を提供することで各国を米国政府と資本の支配下に深く取込むことにありました。日本もこの米国政策のターゲットにされ、安保体制の下で、兵器では「核の傘」、エネルギーでは「原発技術と核燃料の提供」、その両面にわたって米国に従属する形をとりました。このように、原発と核兵器は背中合わせになっている単一の問題です。そのため、一方では、国内、とりわけ沖縄の米軍基地が朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争など米国が行う様々な戦争の重要な拠点として活用され、他方では、がむしゃらな原発建設で政治家・官僚・財界癒着の構造腐敗を促進し、環境破壊を拡大してきました。その結果、日本政府は、核兵器による威嚇を中心戦略とする日米軍事同盟と、原発からの放射能漏れならびに放射性廃棄物の大量蓄積の両面で、これまで多くの市民の生存権を長年脅かしてきただけではなく、国家政策に対する根本的な批判を許さないという体制を維持してきました。

スリーマイル島、チェルノブイリなどでの原発事故にもかかわらず、日本政府と電力資本、原子力産業界は「安全神話」を唱え続け、これまで様々な事故を隠蔽してきました。したがって、今回の福島第1原発での破局的事故は、大地震という天災によって引き起こされた「事故」などではなく、本来、起こるべきして起こった「人災」と呼ぶべきものです。その結果、アジア太平洋侵略戦争の戦後補償すら実行しない日本政府が、今度は原発震災で、多くの自国民のみならず、近隣諸国民・世界の市民まで放射能汚染の被害者にしているのが現状です。

このような深刻な事態の中で、菅政権ならびに与野党のほとんどの政治家たちは、被災者が直面している様々な苦難・苦闘に真摯に対処するのではなく、自己の権力維持強化にのみ躍起になっています。放射能被害から本当に市民を守ろうという強い信念と堅実な環境保護理念に基づいた長期的エネルギー展望を全く欠いているため、政府の対応は二転三転するという無能ぶりをさらけ出しています。米国は、こうした混乱に乗じて、核戦争を想定した放射能専門部隊や海兵隊の訓練を、「トモダチ作戦」というマヤカシの名称で行いました。これが、私たちの税金から毎年2千億円近くも「思いやり予算」として受け取っている米軍の実態です。

広島・長崎の被爆者は、生涯にわたって爆風、火傷、放射能による様々な病気に苦しんできました。被爆者は、いつ癌やその他の致命的な病に冒されるか分からないという恐怖に怯える生活を今も余儀なくされています。このように、長年にわたり無数の市民を無差別に殺傷する核兵器の使用は、重大な「人道に対する罪」です。今回の福島原発事故も、内部被曝の結果、これから数十年にわたって予想もつかないほどの多くの市民をして、無差別に病気を誘発させることになるでしょう。このことから、原発事故も「無差別大量殺傷行為」となりうるものであり、したがって「非意図的に犯された人道に対する罪」と称すべき性質のものです。にもかかわらず、政府は、市民防護にはあまりにも不適切なICRP(国際放射線防護委員会)の基準をもって、原発による犯罪行為を隠蔽しようとしています。

兵器という形であれ電力という形であれ、「核と人類は共存できない」というヒロシマの叡智を、私たちはこの惨事を機会に深く再認識し、反核運動・反戦運動を拡大強化し、飛躍させなければなりません。広島が叫んできた「ノーモア・ヒバクシャ」の声の、これまでの弱さと狭さをとらえ返し、すべての核被害者の無念の想い、無数の嘆きを受けとめ、原子力科学技術に依存する文明からの根底的な転換を問わなければなりません。私たちの運動は、核・放射能兵器と原発の廃棄をめざすだけにとどまらず、自然エネルギーへと転換し、人間相互の関係ならびに人間と自然との関係が平和的で調和的である社会を構築することをめざすものでなければなりません。そのことを67回忌(被爆66周年)の被爆地・広島から、私たちは訴えます。                                       2011年8月6日
8.6ヒロシマ平和へのつどい2011(代表/田中利幸)参加者一同
(広島市西区天満町13-1-709 kunonaruaki@hotmail.com 郵便振替01320‐6‐7576「8・6つどい」)


The 2011 Citizens’ Peace Declaration
August 6, 2011
In 1938, with the help of Lise Mitner, the German chemist Otto Hahn discovered the nuclear fission of uranium. Just seven years later, atomic bombs were dropped on Hiroshima and Nagasaki, indiscriminately killing many civilians in these two cities. This criminal act of mass killing with a tsunami of radio-active fire can only be described as “human madness.” Yet sadly more madness was to follow, as the nuclear powers of the world, particularly the U.S. and Russia, developed and produced further nuclear weapons. As a consequence, radioactive contamination rapidly became a serious global problem, due to uranium mining, production of nuclear weapons, and the nuclear tests conducted in various parts of the world.

In December 1953, at the U.N. General Assembly, the U.S. President, Dwight D. Eisenhower, unexpectedly launched the policy “Atoms for Peace,” a concept to promote “the peaceful use” of nuclear energy. The primary reason for launching this policy was an attempt by the U.S. Government to curtail the power of the Soviet Union, which had carried out its first hydrogen bomb test in August that year. “Atoms for Peace” was devised to persuade Western nations to accept plans by the U.S. government and American investments to produce nuclear fuel and technology. Japan was among the most important of the targeted nations. Indeed, it soon became subjugated to the U.S. in two crucial ways: it came under the U.S. nuclear umbrella as part of the military strategy that evolved; and nuclear fuel and technology became part of its energy policy. This has had profound ramifications. On the one hand, U.S. military bases located in Japan, particularly that in Okinawa, were extensively used for many wars that the U.S. engaged in, such as those in Korea, Vietnam, the Gulf and elsewhere. On the other hand, the building of nuclear power plants induced the structural corruption among collaborating politicians, bureaucrats and entrepreneurs, and caused severe environmental problems. As a consequence, the U.S. – Japan Security Treaty, based on the nuclear deterrence strategy, as well as the leak of radiation from nuclear power plants and accumulated nuclear waste have long been threatening the livelihoods and well-being of the Japanese people. Despite this, the Japanese government firmly established, and continues to maintain, a political system which permits little criticism of these two issues.

The Japanese government, together with the electric power companies and the nuclear industry, has for many years promoted the myth that nuclear power is clean and safe, covering up various accidents at nuclear power plants and related facilities. The danger manifested by major accidents such as those at Chernobyl and Three Mile Island have also been consistently ignored. The fatal accident at the Fukushima No.1 Nuclear Power Plant was not in fact an “accident” caused by a natural calamity, but rather a pending time bomb of “self destruction” which was destined to go off. Through its policies the Japanese government is now punishing its own people, as well as those in neighboring nations, with dangerous doses of radiation.

Despite the national crisis, however, not only Japanese cabinet members, but most Diet members, too, are now busy with their own power politics and are therefore totally incapable of dealing with the grave situation that confronts the victims of the earthquake and nuclear accident. As these politicians have neither the strong political commitment to protect civilians, nor any long-term vision on energy and environmental issues, the government countermeasures for this disaster have been less than effective, and there is political chaos. This state of confusion has provided an ideal environment for U.S. military forces to carry out training of their own special troops, specializing in radiation problems, as well as Marines, under the misleading name “Operation Tomodachi.” Every year Japanese taxpayers pay almost US$ 2.5 billion to maintain such U.S. troops in Japan.

Many A-bomb survivors from 1945 have died – often after a lifetime of suffering - or are still suffering from various diseases caused by the blast, fire or radiation. They live with the constant fear that they may suddenly be struck down by a fatal disease like cancer or leukemia. The use of nuclear weapons, which indiscriminately kill large numbers of people for decades afterwards, is clearly “a crime against humanity.” Yet the scale of damage to people and the environment that could be caused by a major accident at a nuclear power plant, where radiation is emitted either from the nuclear vessel or spent fuel rods, may be comparable. In this sense, a nuclear power accident could be seen as an “act of indiscriminate mass destruction” and so “an unintentionally committed crime against humanity.” The Japanese government is trying to cover up this event, adopting an inappropriate protection standard set by the ICRP (International Commission on Radiological Protection).

The wisdom of Hiroshima – that human beings and nuclear power, whether in the form of weapons or energy, cannot co-exist – must be reaffirmed and should be utilized to strengthen and expand our anti-nuclear and anti-war movements. We need to reflect on our hitherto narrow application of the expression “No More Hibakusha (victims of radiation)”, so that it covers not only A-Bomb survivors, but all victims of radiation, including those of nuclear power plant accidents. We need to consider the pain of all the victims of radiation and to think about drastically changing our society that so heavily relies on nuclear technology. Not only do we need to abolish nuclear weapons and nuclear power plants, but we must also devise ways to initiate a hitherto impossible, totally new, peaceful and environmentally harmonious society.
(Coordinator and Author: Yuki Tanaka Email:tanaka-t@peace.hiroshima-cu.ac.jp)
posted by no nukes at 01:45| 私の平和宣言

2011年08月03日

2011 Déclaration de paix par tous

2011年 みんなの平和宣言にフランス語版ができました。

Le 6 août 2011
≪ Déclaration de paix pour tous ≫

Il y a soixante-six ans jour pour jour, une bombe atomique a anéanti la ville de Hiroshima.
Aujourd’hui, quatre réacteurs nucléaires de Fukushima continuent de répandre la radioactivité sur nos terres et montagnes, polluant aussi nos rivières et la mer - notre lien avec le reste du monde.
≪ Le nucléaire ne peut pas coexister avec l’Humanité ≫
Ce cri du cœur des survivants de l’enfer de Hiroshima a été effacé au profit de mots d’ordre tels que ≪ Dissuasion nucléaire ≫ ou ≪ Utilisation pacifique du nucléaire ≫. Et les irradiés privés de parole sont de plus en plus nombreux dans le monde.
≪ Ne répétons pas les même erreurs ≫
Ce serment sans sujet, gravé sur le cénotaphe du Parc de la Paix à Hiroshima, n’a pas été tenu. Nous sommes à présent responsables de la pollution radioactive car nous avons laissé mener la politique de ≪ la paix et la prospérité ≫ par le nucléaire.
Nous avons grandi sur terre en bénéficiant de ses bienfaits. Puis nous avons instrumentalisé la terre au nom de la rationalité scientifique et poursuivi la compétition pour le progrès.
En regardant le chemin que nous avons parcouru, nous déclarons depuis cette terre d’Hiroshima qui fut irradiée :
Que nous refusons le nucléaire militaire ou civil qui pollue la terre, qui ôte la vie et détruit l’Humanité.
Que nous refusons la science et les lois qui servent à la violence et une civilisation qui sacrifie les plus faibles.
Dès aujourd’hui, nous devons nous acheminer vers un autre avenir de la terre où toutes les vies cohabiteraient.
Le 6 août 2011,
pour ≪ Les gens qui veulent vivre sans réacteurs nucléaires, sans armes nucléaires ≫, nous préparons une autre ≪Déclaration de paix ≫ que celle du maire de Hiroshima :
Chers amis du monde,

C’est une déclaration citoyenne, venant des toutes les personnes qui veulent vivre sans réacteurs nucléaires et sans armes nucléaires. Cette déclaration est différente de celle du maire de Hiroshima qui se montre ≪ réticent≫ pour sortir du nucléaire, en ce qu’elle refuse non seulement les armes nucléaires mais aussi l’énergie nucléaire civile, tout en situant le problème du nucléaire dans le contexte historique. En outre, cette déclaration considère que le nucléaire est un problème qui concerne aussi bien les humains que les autres vies terrestres et elle pose des questions sur la forme de civilisation à la racine de ce problème. C’est cette prise de position que nous voulons exprimer aujourd’hui, avec cette déclaration.
Nous pensons diffuser cette déclaration avec sa traduction anglaise aux participants de la cérémonie commémorative et aux média japonaises et internationales. Nous allons également la diffuser en direct sur internet depuis le dôme de la bombe atomique de Hiroshima à partir de 8h30 (l’heure locale). Puis nous allons présenter ce texte dans le cadre de la manifestation ≪ Marche du 6 Août à Hiroshima, Plus jamais l’irradiation ≫ organisée par ≪ Les gens qui veulent vivre sans réacteurs nucléaires, sans armes nucléaires ≫. Plus il y a des sympathisants, plus la voix sera forte pour atteindre des oreilles lointaines.

Comme première étape, nous souhaiterions autant de mobilisation que possible. Si vous partagez notre avis, merci de nous envoyer votre nom et prénom en alphabet en mentionnant le nom de la région/pays où vous habitez. Nous allons les publier sur notre blog. Nous avons également préparé une ≪ déclaration personnelle ≫ pour les personnes qui pensent que ≪ la déclaration pour tous ≫ ne vont pas allez loin.
L’adresse mail pour la pétition : minnanoheiwasengen@yahoo.co.jp
Blog : http://heiwasengen.sblo.jp/

Pour que cette déclaration soit véritablement une ≪ déclaration par tous ≫ et que le monde entier l’entende, il est essentiel d’avoir votre mobilisation.
Merci!

Solidairement,

Masae YUASA
enseignante de l'université municipale de Hiroshima


(traduction : Naomi Yamaguchi)
posted by no nukes at 23:10| 2011年 みんなの平和宣言